大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和33年(ワ)8445号 判決 1964年5月08日

原告 川合林蔵

右訴訟代理人弁護士 田中徳一

被告 光亜証券株式会社

右代表者代表取締役 森泉恒四郎

右訴訟代理人弁護士 大橋光雄

同 粟田吉雄

主文

原告の請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

一、請求の趣旨

(一)  被告は、原告に対し、金九二〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三三年五月八日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

(二)  被告は、原告に対し、別紙目録の銘柄欄及び数量欄記載の株券を引渡せ。

(三)  右株券引渡の強制執行が不能となつたときは、被告は、原告に対し、その不能の部分につき、別紙目録の単価欄記載の単価によつて算出した金員を支払え。

(四)  仮執行の宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

請求棄却。

三、請求の原因

(一)  被告は、証券業者であつた室町証券株式会社(以下、室町証券という。)を昭和三二年六月二八日吸収合併した。

(二)  (金九二〇、〇〇〇円の支払請求について)

(1)  原告は、昭和三一年四月初めごろ、室町証券との間に、株式売買の信用取引を委託する契約をした。即ち、

a、同証券の外務員で、同証券から右のような契約を締結する代理権を与えられていた訴外小林博から、復代理権を与えられた訴外大橋勇に対し、室町証券に株式売買の信用取引を委託する旨申入れ、同人は、これを承諾した。

b、仮に、右大橋が、室町証券の復代理人でなかつたとすれば、同人は、右小林の使者であつたから、右契約は、原告と室町証券との間に成立したものというべきである。

(2)  その後、原告は、右信用取引の証拠金として、次のとおり、合計金九二〇、〇〇〇円を右大橋に交付した。

昭和三一年四月一九日 三一五、〇〇〇円

同月三〇日      二〇五、〇〇〇円

同年五月八日     一〇〇、〇〇〇円

同年一一月五日    三〇〇、〇〇〇円

(3)  右信用取引は、昭和三三年四月ごろ、終了した。

(三)  (株券引渡の請求について)

(1)  原告は、昭和三一年七月初めごろ、室町証券との間に、原告の株券を運用預りとして同証券に寄託する旨の合意をした。

即ち、室町証券から右のような契約を締結する代理権を与えられていた前記小林の復代理人又は同人の使者であつた前記大橋に対し、原告の株券を室町証券に運用預りとして寄託する旨申入れ、同人は、これを承諾した。

(2)  その後、原告は、右契約に基き、別紙目録の交付日欄記載の日に、同目録記載の銘柄、数量の株券を、右大橋に交付した。

(四)  (予備的主張)

仮に、右大橋が、前記小林の使者でなかつたとしても、証券会社は、その会社が発行した預り証の所持人に対しては、必ず、預り証記載の株券及び金員の返還をしなければならない旨の商慣習法があるところ、原告は、室町証券が発行した別紙目録記載の銘柄、数量の株券及び合計金九二〇、〇〇〇円の金員の預り証を所持している。

(五)  (金九二〇、〇〇〇円に対する遅延損害金の請求について)

前記(二)の信用取引が終了した後である、昭和三三年五月八日から、支払済まで、本件契約は商行為であるから、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(六)  (株券引渡の執行不能の場合における代償請求について)

株券引渡の強制執行が不能となつた場合には、これに代る損害賠償として、その不能の部分につき、右株券の本件口頭弁論終結時の時価である、別紙目録の単価欄記載の単価によつて算出した金員の支払を求める。

四、請求の原因に対する認否

(一)  請求原因(一)を認める。

(二)  同(二)の(1)のうち、訴外小林博が、室町証券の外務員であつたことを認める。原告が、その主張のような契約の申込をなし、訴外大橋がその承諾をしたことは不知、その余は否認する。

同(2)は不知。

同(3)は否認する。

(三)  請求原因(三)の(1)のうち、原告がその主張のような契約の申込をなし、訴外大橋が、その承諾をしたことは不知、その余は否認する。

同(2)は不否。

(四)  請求原因(四)のうち、原告がその主張の預り証を所持していることを認め、その余を否認する。

(五)  請求原因(五)を否認する。

(六)  請求原因のうち、原告主張の株券の本件口頭弁論終結時の時価が、その主張のとおりであることを認める。

五、証拠≪省略≫

理由

一、請求原因(一)の事実は、当事者間に争いがない。

二、請求原因(二)の(1)の契約(原告と室町証券との間の信用取引委託契約)の成立を認めることができない。

原告は、右契約は訴外大橋勇が室町証券の為原告との間に合意したもので、同訴外人は室町証券の代理人である訴外小林博の復代理人又は同人の使者であると主張するが、本件全証拠によつても、これを認めることができない。

まず、そもそも委任による代理人が第三者に復代理権を授与するためには、民法第一〇四条により、本人の許諾を得た場合か、又は、やむことを得ざる事由がある場合でなければならない。しかるに本件においては、原告は、右許諾ないしやむことを得ざる事由があつたことについて何ら主張立証しない。従つて、前記大橋が前記小林の復代理人である旨の主張はすでにこの点において失当である。

次に、使者とは本人の意思を単に相手方に伝達し且つ相手方の意思を単に本人に伝達するものに過ぎないから、右大橋が右小林の使者であつたというためには、小林が原告主張のような契約を室町証券を代理して原告という特定の顧客との間に締結する意思を有し、大橋がその意思をそのまま原告に伝達し、又、原告の意思表示をそのまま小林に伝達した事実が立証されなければならない。しかるに本件においては、右小林にそのような意思があつたことも、小林が大橋をしてその意思表示を原告に伝達させたことも、はた又、大橋が原告の意思表示をそのまま小林に伝達した事実も、これを肯認するに足る十分な証拠はない。

確かに、証人小林博≪中略≫の各供述によれば、右大橋は、室町証券の経理課長在職中業務上横領事件をひきおこし、昭和三〇年末ごろ同証券を退職したこと、昭和三一年四月ごろ、右大橋は、以前から親交のあつた原告に対し、室町証券の外務員である訴外小林博は、自分が在職中面倒をみたものだから、今後、自分は同人の下働きとなつて右証券の外交をするので、同証券に信用取引を委託して欲しい旨述べ、その結果、原告は、同証券に対し信用取引の委託をする旨の意思表示をなしたことは認められるが、それ以上に大橋が小林の使者であつたことを認めるべき証拠はなく、結局右は大橋が勝手に小林の名前を使用して原告に対し虚偽の事実を述べたに過ぎないものというの外はない。

そうすると、原告と室町証券との間に原告主張の信用取引委託契約が成立したことは、これを認めることができないものといわなければならない。

三、請求原因(三)の(1)の契約(原告と室町証券との間の株券運用預り契約)の成立を認めることができない。

原告は、右契約についても、訴外大橋が訴外小林の復代理人又は使者として室町証券の為原告との間に合意したものである旨主張するが、本件全証拠によつてもこれを認めることができない。

まず、右大橋が右小林の復代理人であつた旨の主張は前記二記載のとおり理由がないものというべく、又、使者であつた旨の主張についても、右小林が原告主張のような契約を室町証券を代理して原告という特定の顧客との間に締結する意思を有し、大橋がその意思をそのまま原告に伝達し、又原告の意思表示をそのまま小林に伝達した事実を認めるに足る十分な証拠はない。

確かに、前掲各証拠によれば、前記大橋が昭和三一年七月ごろ、原告に対し、株券を室町証券に運用預りとして預けると、その株券の時価に対する月四分の利息がもらえるから、株券を同証券に預託して欲しい旨述べ、その結果、原告は、同証券に対し株券の運用預りを委託する旨の意思表示をなしたことは認められるが、右も大橋が勝手に原告に対し虚偽の事実を述べたに過ぎないものというの外はない。

そうすると、原告と室町証券との間に、原告主張の株券運用預り契約が成立したことは、これを認めることができないものといわなければならない。

四、なお、請求原因(四)の主張(商慣習の主張)は、原告が主張するような商慣習法は存在するものとは認められないから、主張自体失当である。

五、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条適用。

(裁判長裁判官 伊東秀郎 裁判官 武藤春光 宍戸達徳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例